冨永愛さんの魅力

スタイル

日本人離れした9頭身体型

冨永愛さんは日本だけでなくパリやニューヨークでも活躍をしてきた国際的に評価の高いモデルです。

デビューは2001年の当時まだ高校生だった時のことで、女子高生の制服を着ているところを「ヴォーグ」に掲載されたことにより海外でも活躍をするモデルとしての活動を開始していきます。

冨永愛さんのモデルとしての最大の資質といえるのは日本人離れをした9頭身の体型であり、高い身長とまさしく天性のものとして備えたスタイルでデビューから瞬く間に人気モデルとして台頭していきました。

本人の努力もあって次第に国際的な有名ファッションショーでも名前が知られるようになっていき、何度も有名なデザイナーズブランドのファッションショーにも出演をしています。

現在では一児の母としてモデル業としての第一線からは退き、家庭生活を重視した生活スタイルに切り替えをしていますが、息子とともにモデルとして舞台に立ったりしている姿が度々メディアに露出されています。

学生時代はいじめられていたといいます

モデルとしては華々しい経歴を持つ冨永愛さんなのですが、実はデビュー前の学生としての生活は必ずしも楽しいものではなかったようです。

生まれながらの優れたスタイルと高身長は周囲からのやっかみの対象になり、時にひどい言葉や陰湿ないじめを受けることもあったのだといいます。

しかしそうしたいじめを何度も経験しながらも反骨精神を忘れることなく前向きに生きてきたことにより、モデルとしての活動をスタートさせていくことができました。

モデルとなってからのキャリアも影では相当苦労をしたこともあるといい、国際的な舞台で活動の場を求めるたびに日本人への差別を経験したということを後のインタビューで語っています。

しかし以前からの強い気持ちと反骨心を忘れずに持ち続けたことにより、仕事をどんどん成功させ知名度を高めていったのでした。

モデルの仕事をしていく中でパリでパテシエとして仕事をされている一般男性と結婚をし、息子を出産するのですが結果的に結婚後4年で離婚ということになってしまいます。

以降はシングルマザーとして息子を時に仕事場に連れていきながらもしばらく仕事を続けられてきました。

息子が生まれてからの心境の変化

モデルとしては世界中の女性からの羨望を集めた冨永愛さんですが、私生活や仕事を継続していくためにかなり辛い思いも経験されてきたといいます。

ですが仕事においては全くそうしたつらさを感じさせることなく、プロ意識を持たれてきたということが芯のある女性としての大きな魅力となっていたのではないでしょうか。

ただご本人のお話では、学生生活や仕事をしてきたときに感じてきた憎しみや反骨心は息子が生まれ一緒の時間を過ごすようになったことで次第に薄れていったのだということです。

母親として第二の人生をスタートされた冨永愛さんからは、以前までとはまた違った穏やかな等身大の魅力が備わっているのが感じられます。